石油産業誕生・ドレーク油田

indexへ

切手で語る『石油の文化の光と影』も石油産業の誕生に触れる必要があります。石油産業の二大発祥の地として、ペンシルバニア州タイタスビルのドレーク油田とカスピ海沿岸のバクー油田(ノーベル兄弟とバクー油田の項目参照)が代表的な油田地帯として挙げられます。アメリカにおける石油産業発祥の地を切手で紹介するにも石油切手として発行されたのはドレーク油田開発125年切手しか発行されていませんので、特別記念印、メータースタンプ、日付抹消印の地名で紹介していきます。
切手展特にテーマチィック部門では、切手以外に様々な郵便材料(先に述べました消印類の他に葉書やプルーフと呼ばれている印刷の製版デザイン等 詳細はテーマチィック収集の項参照)を使います。それは、さておき石油が近代産業として芽生えたのは今から約140年前の1859年のことです。
元鉄道員のドレークが、ペンシルバニア州のタイタスビルで機械掘りに成功しました。このタイタスビルこそ近代石油産業の発祥の場所です。タイタスビルのオイルクリーク(油の小川)と呼ばれる地帯では、原住民が古布で油を掬い取っていました。
その石油は医薬用に使われていました。
ニューヨークの弁護士だったゼビルは世界で最初の石油会社ペンシルバニアロック会社を1854年に設立しました。原油から灯油を作れることを知ったゼビルは、岩塩掘削技術を使って原油を地下から掘り出す計画を立てますが株主の反対の為に、1859年に掘削専門の会社『セネカ・オイル』を設立しました。石油を汲み取るのでなく、穴を穿て抽出するというのが考え方です。
この考えを実行してくれる人物が必要でした。そこで白羽の矢が立てられたのがエドアィン・ドレークでした。
彼は特に掘削技術者ではありませんでした。鉄道会社の車掌でしたが、病弱の為に休職していました。
そして、生活の為に「何でも屋」として生計をたてていました。いわば今風に言うならばフリーターのようなものでした。
その比較的自由な身の彼を雇いました。これにはエピソードがあり、休職の身分とはいえ鉄道会社に籍のある彼には鉄道の無料パスが支給されており、彼を雇用することは、経費節減になったからという説もありますが定かでありません。さて、彼を「元鉄道員ドレーク大佐」と文献に紹介されています。果たして、彼は「大佐」だったのでしょうか。
実は、肩書きのない彼を任務地に派遣さす為に箔をつけるため「大佐」という肩書きを与えたといわれています。
現に現地に赴いた彼は「大佐」という偉大な人がきたという事で歓迎を受け丁寧な扱いを受けました。ここに偽りの「ドレーク大佐の」誕生です。
現場責任者となったドレークが黙々と掘りつづけましたが、目当ての石油を掘り当てることはできませんでした。何時しか、変人、奇人と冷笑のなか黙々と掘り続け、資金も枯れ断念寸前の1859年8月28日に深さ21メートルで約30B/Dの採油に成功しました。ここに世界の石油産業の発祥の地といわれる『ドレーク油田』の誕生です。
 タイタスビルの土地に眼をつけ投資し油田開発を進めたのは、「ゼビル」です。ドレークは、その作業実行した職員に過ぎません。
何故、冠が「ドレーク油田」なのでしょうか。金閣寺を建てたのは「大工の棟梁」だというのと同じく、中傷と冷笑のなかコツコツと掘削を続けた直向なドレークの姿の印象が強かったのでしょう。
 ドレーク油田125年の記念切手をカシェとしたき年葉書の額面にドレーク油井をイラスト化したファンシィキャンセルです。日付印にタイタスビルの地名がかかれています。                                  
石油産業誕生タイタスビル ドレーク油井ファンシィキヤンセル
ドレーク油田125年 ドレーク油田125年 記念 ファンシイ・キヤンセレーション
ペンシルバニアの石油精製会社の1954年のメータースタンプ。ドレーク油田の象徴である木製の掘削油井が描かれています。
ドレーク油井MS                                                     ドレーク大佐1859年 最初の油井
ドレークはこの小屋の中で製塩技術による手法で掘り続けた。何故製塩技術なのか。
ビセルがニューヨークで薬屋の店先で、石油の広告に岩塩を掘る井戸の掘削櫓の絵を見た。薬の原料の石油は当時、塩の採取の副産物でした。

写真は、ドレークが掘削に利用した小屋とドレーク。右側の髭の人物がドレーク。大佐の称号に相応しくシルクハットに立派な顎鬚を生やしていいました。この建物小屋がドレーク油井のシンボルとされています。
ドレーク油田の記念行事の時、このイラストが使われています。

石油に関わる都市の名称

オイルシティ
オイルシティ 1860年 市制となる。 『油の市』の訳語の通り石油産業で発展しました。 
オイルフィルド
オイルフィルドとは、油田の意味。油田の町として栄えました。
石油産業誕生 トラスト結成石油輸送セパレーター型タンカーへ
ペトロリューム
 ペトロリューム 英語で石油という名称の通りオイルシティに次いで石油生産により発展しました。

石油に関わる風景印・小型印

秋田油田
日本での機械掘第一号の地1966年にドレーク油田と姉妹都市を締結している。 秋田は日本の石油生産地。秋田市制60年記念の小型印。


目次へ戻る
目次へ

indexへ