北方領土・切手

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北方領土切手

 北方領土の位置

北方領土は、北海道の北東の洋上に連なっており、歯舞群島は、根室半島の延長線上kmの沖合いから北東に点在する
貝殻島、水晶島、秋勇留島、勇留島、志発島、多楽島などからなっています。
色丹島は、歯舞群島の北東kmに位置しており、国後島は、根室半島と知床半島のほぼ中間に位置し、野付半島の沖合いkmの地点から北東に延びる全長kmの島です。また、択捉島は国後島の北東kmに位置する全長kmの島です
北方四島地図現在

歴史的経緯 

北方の島々と北海道の間には古くから交通があり、多くの公交易が行われていました。当時の北海道を治めていた松前藩の記録である『新羅之記録』によると、メナシ(東方の意味に住んでいた人たちがラッコの皮を松前藩に貢物として献上したと記録されています。 1644年(正保元年)、幕府は、諸藩に国(藩)ごとの地図の作成を命じましたが、松前藩が提出した地図には、知床半島と納沙布岬の東北に大小39の島々がかかれており、そのうち34の島には、「くなしり、「えとほろ」、等の名前が付けられています。                                 1875年(明治8年)日本は、樺太千島交換条約を結び、樺太を放棄する代償としてロシアから千島列島を譲り受けました。この条約では、日本に譲渡される千島列島の島名を一つ一つ挙げていますが、列挙されている島は得撫島以北の18の島々であって、択捉島以南の北方四島は含まれていません。つまり、北方四島は日本固有の領土です。
1905年日露戦争により、北緯50度以南の南樺太が日本の領土になりました。
しかし、第2次大戦の結果、サン・フランシスコ条約により日本は千島列島と北緯50度以南の南樺太の権利、権原及び請求権を放棄しました。しかし、放棄した千島列島に固有の領土である北方四島は含まれていません。
明確に、日本固有の領土あり、ロシアは不法に占拠しているのです。
北方領土古地図
松前藩が幕府に提出した地図

北方四島を描く切手と国後島爺々岳の風景印

この北方四島の返還キャンペーンの描かれた封筒に貼付された60円切手は、1987年1月30日に登記制度100年記念として発行されたものです。
日本列島が描かれていますが、北方四島もはっきりと描かれています。
押印されている風景印は日本の最東端の郵便局珸瑶瑁局使用です。
日本の最東端納沙布灯台と納沙布岬から眺望した国後島の爺々岳が描かれています。
竹島切手も尖閣諸島もふるさと切手とか海洋資源保護とかの目的でさりげなく発行するのがソフトで良いのでないかとおもいます。

転送後の画像に不備があります。原因調査中です。
地図など北海道庁総務資料より引用させていただきました。有難う御座います。


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